スポーツDr.川原先生に聞く!

~スポーツをする人は、貧血にご注意を~

川原 貴(かわはら・たかし)先生

前 国立スポーツ科学センター・センター長
1951年生まれ。1976年東京大学医学部卒業。専門分野は内科、スポーツ医学。熱中症や貧血、オーバートレーニング症候群などの内科的スポーツ障害の予防、低酸素トレーニングなどを研究。2001年国立スポーツ科学センター・スポーツ医学研究部長、2014年からセンター長に就任。日本代表選手団本部ドクターとしてオリンピック6回、アジア大会3回、ユニバーシアード4回、計13回参加している。
日本臨床スポーツ医学会理事長、日本体力医学会理事。日本オリンピック委員会強化本部委員/情報・医・科学専門部会・部会長、日本体育協会スポーツ医・科学専門委員会・委員長なども務める。

スポーツをする人にとって知っておきたい貧血対策や注意点をスポーツドクターの川原貴先生に聞きました。

「貧血になる人は増えているのですか?」

 貧血を引き起こす疾患には様々なものがありますが、多いのは鉄欠乏性の貧血です。実際に増えているかは分かりませんが、日本人が食事から摂っている鉄の量は年々減っているため、貧血リスクは高まっていると考えられます。国民栄養調査によると、1995年は1日の鉄摂取量の平均が11.8mgだったのに比べ、2012年には7.4mgまで下がっています。日本人の食事摂取基準(下図)に照らし合わせると、特に女性は不足しているということがわかります。

鉄の食事摂取基準(mg/日) ※過多月経(経血量が80ml/回以上)の人を除外して策定。
  男性 女性
月経なし 月経あり
年齢(歳) 推定平均必要量 推奨量 推定平均必要量 推奨量 推定平均必要量 推奨量
10~11 7.0 10.0 7.0 10.0 10.0 14.0
12~14 8.5 11.5 7.0 10.0 10.0 14.0
15~17 8.0 9.5 5.5 7.0 8.5 10.5
18~29 6.0 7.0 5.0 6.0 8.5 10.5
30~49 6.5 7.5 5.5 6.5 9.0 10.5
50~69 6.0 7.5 5.5 6.5 9.0 10.5
70以上 6.0 7.0 5.0 6.0 - -

出典:日本人の食事摂取基準2015年版

「貧血になりやすい時期はありますか?」

 発育期では、体の成長のために鉄の必要量が多くなりますので、貧血になりやすいです。女性の場合は、月経が始まると経血と一緒に鉄分も体の外に出てしまうため、常に貧血に注意する必要があります。また、妊娠、出産でも貧血になりやすいです。

「実際に貧血で悩んでいる運動選手は多いのでしょうか?」

 以前、私が日本体育協会スポーツ診療所で内科の外来を担当していたときは、患者の半数くらいが貧血の治療で受診していました。
一般の人でしたら、日常生活に支障ない軽い貧血なら自覚症状もなく、あまり問題にはなりません。しかし、陸上長距離選手では軽い貧血でも記録が如実に低下します。ですから、貧血かどうかは大問題。高度なパフォーマンスを維持するためにもきちんと治療する必要があります。

「貧血になりやすい競技はありますか?」

 陸上の長距離、バレーボール、バスケットボールなど持久的競技や練習時間が長い、練習量が多い競技がなりやすいです。そのほか、レスリングなど減量のある競技も、食事からの鉄摂取量が減るため注意が必要です。

「貧血になった場合、トレーニングは休むべきですか?」

 日常生活でも症状がある場合には、日常生活での症状がなくなるまで練習を休む必要があります。日常生活で症状のない軽い貧血では、無理のない範囲で強度を落とした練習をおすすめします。長距離走選手なら、インターバルのタイム設定を下げるか、軽いジョギングだけにするなど、調子をみながら続けていくといいですね。そうすることで、貧血が治った後にすぐに復帰でき、好記録を出す選手が多いです。

「貧血予防のため、普段から気をつけておくべきことを教えてください。」

 貧血かどうかは血液検査のヘモグロビン値などで判断しますが、正常のヘモグロビン値は個人差があります。また、持久的トレーニングをすると血液量は増えるのですが、赤血球の増加よりも血漿量の増加が大きいため、陸上長距離選手のヘモグロビン値は低い傾向にあります。したがいまして、少なくとも1年に1回は血液検査をして、自分の普段の状態を把握しておくことが大切です。

「食生活で気をつけることはありますか?」

 貧血になる直接の原因は鉄不足です。食事量が少なく、全体のエネルギー摂取が足りていないと鉄の摂取も少なくなります。十分なエネルギーを確保し、鉄の多い食品を摂ることが大切です。とくに女性は月経があるため、男性より鉄の必要量が多いのに、食べる量は少ないため、貧血が多くなる傾向にあります。ヘモグロビンをつくるにはたんぱく質も必要ですから、食事の量や栄養バランス全体を見直しましょう。
一度貧血になった人は、治ってもまた繰り返す人が多いので、見直した食生活を継続していくことも大切です。

「サプリメントで補った方がいいですか?」

 体質的に、鉄が体の外に出ていきやすい人もいます。食生活を見直しても貧血になりやすいという人はサプリメントを利用した方がいいでしょう。ほかには、高地トレーニングをするときなど、低酸素の環境で運動をすると鉄を大量に消費するため、サプリメントや鉄剤で補充したほうがいいですね。
 貧血をくり返す選手は、胃腸などからの出血がないか、検査する必要があります。

「鉄の過剰摂取での悪影響はありますか?」

 鉄は摂りすぎると体内に溜まってしまい、肝硬変、糖尿病、心不全などを引き起こす原因になることがあります。貧血の治療には、鉄剤を飲む方法と注射する方法がありますが、鉄剤の注射を繰り返すと、必要以上に入り鉄過剰になる危険性があるため、基本的には経口摂取をおすすめします。鉄が不足ぎみで鉄剤を摂取するのは問題ありませんが、鉄不足がないのに大量の鉄剤を長期間服用するのはよくありません。鉄が不足か過剰かは血液検査をすれば分かります。

「鉄剤やサプリメントは、ドーピングに関係しますか?」

 鉄剤はドーピングには関係ありません。日本でのドーピング違反のうち、7~8割は自覚のない「うっかりドーピング」です。一番多いのは市販の風邪薬を飲んでいたケースです。例えば、風邪薬に含まれるエフェドリンという成分には興奮作用があり、ドーピングの禁止物質になっています。また、サプリメントでも中に入っている成分をよく確認することが大切です。特に海外から輸入したサプリメントの中には、成分名や量が正確に書かれていない物もあると聞きます。安全性が確認できないものは、摂らないようにするのが賢明です。

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